皆様、こんにちは。(鈴木)

 皆様、こんにちは。今回のブログを担当します編集委員の鈴木です。

「さて、何を書こうかな~?」と思ったのですが、私は中上健次からちょっと離れて「食」に関することを担当の時にちょいちょい書いてみたいと思います。ちなみに、中上作品における「食」については、編集委員の松本海君が第6回の例会の際に、非常に見識ある発表をされたので、HPの「これまでの活動報告」をご覧ください。

 

 評論家の江藤淳は『夏目漱石』において、「漱石はノートや日記に料理や食べ物のことを書き付けている。これは日本の作家では珍しい!」という趣旨のことを書いています。この漱石論が書かれたのは昭和30年(1955年)のことです。敗戦から20年が経ったものの、まだまだ「男子厨房に入らず」といった風潮が主流を占めていた時代でしょうが、その一文を読んでいてふと思い出したのが、江藤のこの考えとは反対に、日記に食事を細かに付けていた時代小説家の池波正太郎のことです。池波の「食」に関するエッセイが絶品なのは有名ですね。江藤は昭和7年(1932年)の東京山の手生まれで父子家庭育ち、池波は大正2年(1923年)の東京下町生まれで母子家庭育ち、前者は学者として大学で教鞭をとる傍ら文芸批評や論壇での執筆活動を行い、後者は「丁稚奉公」の後に大衆演劇の脚本家を経て小説家へという経歴がこの違いに関係していることは明らかなのですが、この食べ物に対する姿勢の違いはそこだけなのでしょうか?個人的にすごく気になります。ちなみに中上健次も、母子家庭育ちで食べ物については小説やエッセイ等で言及していますね。もしこれが「母子家庭男子作家」の傾向だとしたら、なかなか興味深いものがあります(どなたかが研究してくれないでしょうか)。

 私たちは「生き物」として日々モノを食べないといけないのですが、これがなかなか厄介です。「もうカ○リーメイトでいいや!」とか「○ィダーインゼリーで生きていける!」とか「〈気〉だけで十分です」という奇特な人は置いといて、「食」には精神的な面も大きくかかわってきます。誰にでも「食」にまつわる悲喜こもごもの思いでやこだわりがあるからです。また、大人数が集まって飲食を共にするということは、そこに連帯感や絆を発生させます。熊野大学もくまくま会も宴会を大事にしているのはそれ故ですね。そして漱石や池波は、そういった複雑な人間の営みをリアルに作品に反映させるために「食」を重要視していたと考えられます。なんたって「食事」は、(普通は)一日三度も行ううえに、一生続く付き合いになる行為からです。ですので、「人間を描く≒食事を描く」ことになるのではないでしょうか。

なんて、今回は書いてみました。